パッとしない日々/Unimpressive days

 7月最後の日、夏の暑さのピークが過ぎたのか、多少涼しくなった感がある。このまま秋が来て冬が来て1年が終わってしまうのかと思うと、ちょっと寂しくもある。あまり実のない日々の上に、時ばかりが夢のようにどんどん過ぎて行く。

 6月から1ヶ月半、お腹の調子が悪くて嘔吐と下痢で、部屋で横になっていることが続き、コロナ引きこもりが輪を描いてダブル引きこもりになってしまった。と言っても熱が出たりするわけじゃないので、深刻ではありまっせん。自分に甘えているだけだろう。

 

 タローも6月で5歳になったが、暑さのせいもあるだろうが、私の真似して外に出ないで私の部屋の隅の彼の寝床に一日中寝ていたりする。冬場、ヤギの群れと一緒に雪山を駆け廻っていたタローとは思えない体たらくだ。夏になったらシャンプーをしてやろうと思っていたのに、暑くなると同時に痒々皮膚病になってしまったので、果たせずにいる。犬は水浴びが好きなはずなのに、タローは根っからダメ。皮膚病が早く治って、せめて一回はタローにシャンプーをしたいと思うとるが。

 

  ということで、タローと私は上流の畑に散歩するのも休んでいた。先日久しぶりに上流に行ったら、6月に村の男たちが造り始めていた橋がすっかり完成していた。これで畑に行くのが近くなる。もっと散歩しないとね。

 

お葬式

 7月の終わりに近づいて、ジャマットと同じ一族で下流の集落に住んでいたお爺さんが病気でなくなった。私は体調がイマイチだったので、斎場である神殿前の広場に長くはいなかったが、ジャマットやダジャリのところに訪ねてくるボンボレット谷やビリール谷からの弔い客のために、前日に葬式とは別に、どこかのNGOから配られた大きな骨付き肉を煮て、苦労して切れない包丁で小さくして、玉ねぎ、トマト粉、ジャガイモを混ぜて調理した。

 

 カマドで落ち枝で煮たのでけっこう時間がかかった。半日ぐらい。私は味見したくらいで、鍋ぐるみダジャリの家に持って行った。しかし歌踊りの最初3日間の葬式の日は大変暑くて、みんな食欲がなく、私が調理したのは残ってしまい、冷蔵庫もない暑いダジャリの家で翌朝は腐っていた。がっくり。

 

 葬式が始まった日の夜は4頭の牛が捌かれて、2日目の朝に斎場にいる人々(ルンブールの人たちとボンボレット谷から駆けつけた同族の女性たち)に平たいパンとカイー、ギーと共に出されたが、これも随分と余ってしまった。

 

 2日目の夜はチーズとパンが配られ、3日目の朝に遺体が埋葬された後に、弔い客とルンブール谷全戸に、30頭分のヤギ肉、カイー、ギー、パンが配られたが、これも、肉片を少し食べただけで残したり、余ったりで、暑さですぐに臭くなってしまった。

 

 暑い季節なので、捌くヤギや牛を少なくしたらという声もあったが、カラーシャの男は格好つけたがる傾向にあり、普段はバターを作った後のラッシーを薄めたような汁、ニュウとトウモロコシパンだけで食事をするような貧しい食生活なのに、葬式やイベントの時は大盤振る舞いをして、聞く耳を持たないのだ。

 

 塩煮してあった内臓(レバーも含む)などは全部捨てる羽目になったらしい。タローは肉より内臓が好きなので、ヤシールがその一部の一部を持ってきてくれた。その後、客が食べ残した肉片の骨なども袋いっぱい別の人がタローに持ってきてくれて、ありがたくはあるが、腐り始めているので臭いこと臭いこと。

 

 タローは喜ぶどころか、見向きもしない。ノラ犬君にあげても見向きもしない。でもタローは数日経って肉や骨がカラカラになってきたら、思い出したように食べるので、貴重なカルシウム、栄養源なので、ベランダに新聞紙を敷いてモツと骨を並べている。ベランダの奥にあるトイレに行くたびに、その臭いに私は顔をしかめて息を止めて通っている。カラカラになったら臭いも減るので、辛抱、辛抱。

 

 しかし、葬式で捌かれるヤギや牛の命、もったいないなあ。どうにかならないのか。