春祭り、ジョシに思う

2014年6月15日

日本に帰ってきたら、日記はつけない。ブログも更新しない。何という体たらく。毎日ごろごろしているつもりはないのに、あっという間に月日が経ってしまった。このブログも5月に途中まで打ち込んでいたのに、またまた20日間も放っておかれてしまっていた。反省。

警備の警官に囲まれて踊る、3年前の夏祭り。
警備の警官に囲まれて踊る、3年前の夏祭り。

まちがいだらけのチトラールの新聞

 5月の半ばに開かれるカラーシャの春祭り、ジョシも無事に終わったようだ。

インターネットで見たチトラール・タイムズには、要約すると、「今年の春祭りは盛況だった。その中心となるボンボレット谷の踊り場には1000人もの老若男女が集まり歌と踊りを繰り広げた。今年はここ数年間とは違い、国内および外国から多くのツーリストが訪れ、地元のホテルも満員となった。今年のはじめに、タリバンから〝カラーシャを襲撃する″というビデオ・メッセージがテレビで流されたので、チトラール警察が厳しい警備体制を敷き、その結果何事もなく無事に春祭りは終わった。」とあった。

 

 あれ?そんなに多くのツーリストが訪れたんだろうか。確認のため、チトラールのツーリスト・インフォメーションに勤めているシェール・ワヒードにFacebookできいたら、「ルンブール谷には、例年春祭りをめざしてくるイギリス人ツアー客は今年は2人だけだったし、おなじみの日本のKさんも9日間でルンブールを去ったし、今年は少なかった」とのこと。

 

 そんなら、ボンボレット谷だけ極端に多くのツーリストが押しかけたのだろうかと、ボンボレット谷の私のカラーシャ家族の1人で、今はチトラール北の水力発電プラント(韓国の企業が工事を請負っている)で働いているムサシディンに、フェイスブックで訊いてみた。彼は春祭りにボンボレット谷に帰省しているし、ムサシディンの家族もゲストハウスとホテルの商売をしているので、そんなに満員御礼になるほど客が来てたら、私もうれしい。何しろ、ここ数年というか、2001年の9・11テロ以来、カラーシャたちのホテルビジネスは限りなくゼロに近づいていて、成り立っていないものだから。

 

日本からのツアー客だった

 ムサシディンの寮はインターネット・フリーのようで、すぐに返事がきた。彼が言うには、大勢の外国人ツーリストというのは、大勢のチトラール警官に護衛されて、パキスタン観光省ホテル(今は王家ファミリーに譲渡されている)に宿泊した、日本からのツアー(S旅行?)のことで、ムサシディンの家族のゲストハウスには2人しか客がいなかったそうだ。

 

 S旅行は、外務省の、アフガニスタンとの国境付近一帯の退避勧告・渡航延期を知ってか知らないのか、毎年のカラーシャ春祭りに日本からツアー客を連れて行っている。カラーシャ谷に家があり、IDカードを持っている私でさえ春から秋までは、アフガンから国境を越えてタリバン武装勢力が入ってくる可能性がないわけではないので、私自身はもう歳も歳だからどうでもいいけど、私に拉致事件が起こると、カラーシャを含めた周りの人たち、そして日本の家族、友人、大使館の方々など多くに迷惑をかけることになると考え、一昨年からは谷を離れるようにしているのに。

 

 外国人団体客はどうしても目立つし、おまけにその周りに大勢の警官がいると、いやでも武装勢力のターゲットになる。パキスタンでテロに一番狙われているのは警察と軍なのだ。武装勢力からすると、外国団体客に大勢の警官というかたちは鴨ネギ状態なのだ。もし事件に巻き込まれたら、今でさえ軍や警官がカラーシャ谷に駐留していてうっとうしい環境にあり、外国人ツーリストがめったに来なくなっているのに、もう決定的にカラーシャ谷の観光業はアウトになる。S旅行だって入れなくなると思う。

 

 この日本からのツアー客はカラーシャ経営のゲストハウスに宿泊するでもないし、カラーシャたちからしても、祭りにぞろぞろ来られても迷惑以外何ものでもない。警官がいるとリスクばかりか、祭りの雰囲気もぶち壊しになる。ホテルと食事、ジープ、ガイドなどのほとんどの金はカラーシャ以外の、外の金持ちオーナーに持っていかれる。カラーシャには還元されない。どうにも納得いかない。

 

 ちなみに、毎年春祭りにやって来るイギリスからのツアーは、いつもカラーシャの村にあるゲストハウスに数日間泊まり、村の男たちをガイドやポーターとして雇って、付近の山にハイキングに行ったり、カラーシャとの交流も積極的に取り入れた旅行プランである。日本人ツアーは旅行する側のことだけを一方的に考えるのではなく、土地の人のことも考慮してほしいと思う。

 

 チトラール・タイムズに戻るが、記事には「この祭りで11組のカップルが結婚した」とも書いてあった。でもルンブール谷は今年は結婚カップルはなかったし、ボンボレット谷でも2組だけということだから、これまたチトラール・タイムズがまちがっていることがわかった。この記事には他にも固有名詞や人名などまちがいが多かった。つまり、チトラール・タイムズに書いてあったほどにはジョシの祭りは盛り上がらなかったということだろうね。