掃除おばさんの子供たちーラホール滞在その2

2013年10年

 ヌーザットさんの掃除のおばさんは、道ばたで八百屋をやっているダンナがこぐ自転車の後に乗って、朝の10時から10時半頃にヌーザットさんの家に来る約束なのだが、一昨日は大幅に遅れて昼の12時近くにやって来た。

 遅くなった理由は、心臓の持病を持つダンナの具合が悪くて、ダンナは八百屋を休んだので、おばさんはダンナの看病をした後、家から45分ぐらいかけて歩いてきたからだと言うことだった。そして、昨日も11時過ぎてもおばさんは現れない。

 

 「おかしいねえ。明日は必ず10時に来ると言ってたのに」とヌザットさん。「一時間ばかりの掃除をして、賃金の他にヌザット手製のご飯やケーキのあれだけ土産でもらっているんだから、仕事に不満があって勝手に止めたとは思えないしね」と私。(パキスタンでは使用人が何も言わずに突然止めることは多いときく。)

 

 それで、ヌーザットが八百屋のダンナの携帯に電話すると、ダンナは「自分の具合はまだ良くなってないから家で寝てるが、女房はずいぶん前に家を出たからもう着く頃だ」と言ったそうだ。しかし12時過ぎてもおばさんは来ない。ヌザットさんがもう一度ダンナに電話すると、なんと掃除おばさんはこちらに向かう途中、車にぶつけられて怪我をしたので家に戻ったと言うのだ。

 

 「道を歩いていて、そんな簡単に車にぶつけられるかねえ。おばさん、病気のダンナのそばにいたいので、事故はただの口実だと思うよ」とヌザットさんは初めから信じていない。「明日は、おばさんの代わりに息子と娘をよこすそうよ」「息子と娘って、子供を?」「そう。息子は毎朝、母親と一緒に父親の自転車に乗ってきて、両親の手伝いをしてるのよ」「まあ、心臓病の父親が自転車の前に息子を、後にけっこう太っている妻を乗せて、遠いところからこいで来るの?」と私は驚く。「気の毒だけど、他に手段がないからね。とにかく、明日子供たちが来るというから、ほんとかどうか、子供たちに母親のことを聞いてみましょう。」とヌザットさん。

 

 翌日、12歳の男の子がお父さんの自転車に10歳の妹を乗せてやってきた。男の子の方は他の家で母親の掃除の手伝いもしているのけれど、ヌザットさんの家は初めてで、掃除とはいえそれぞれの家のやり方があるので、ヌザットがはじめから終りまでつきっきりで教えている。妹の方はほとんどぼーと突っ立ってるだけだ。半時間経ったか一時間経ったかわからないが、ヌザットさんは2人を椅子に座らせて、赤いジュースと手製のケーキをもてなした。

 

 私が学校に行っているかときくと、男の子は親の手伝いをしているので行ってなくて、妹の方は朝6時にマドラッサでコーラン暗唱を学び、親が仕事に出ている昼間は、家で小さい弟の世話をしながら留守番しているそうだ。彼らは男4人、女2人の全部で6人兄妹というが、露店の野菜売りと掃除の仕事で、一家がこの物価高の世の中でどうやって生活しているのか、ヌーザットが同情する意味がよくわかった。

 

 母親の事故はほんとうだったようで、片腕、片足と頭にも怪我をして、医者から家で安静にしているように言われたらしい。私はちょうど手元にあった500ルピー札をお母さんの見舞金として兄妹に渡し、「これはお母さんの治療の足しになるように、お母さんにあげるんだから、お父さんに渡してはダメだよ」と念を押す。

 

 兄妹はヌザットさんから魚フライ入りご飯、ダール豆煮、バナナとクルミ入りパンなどのおみやげを手にして、嬉しそうに自転車に乗って帰っていった。その自転車のすごいこと!今にも朽ち落ちそうなボロボロのサドルを目にした一瞬、私は「こんなガッタレ自転車に乗ってるのか」と衝撃を受けて涙が出そうになったが、ヌザットさんの「自分で自転車をこげるんで、男の子は喜んでるのよ」との言葉で、それじゃ、よかったとほっとし、救われた。

 

 「あの兄妹、明日も来るの?」とヌザットにきくと、「自分で掃除した方が速くて、はるかに楽だから」と首を横に振った。