カラーシャ谷のワクチン接種

 日本のコロナ・ワクチン接種は何か滞っているようですが、ここパキスタンのアフガニスタンの辺境の地ではワクチン摂取なんぞ、異次元の世界だろうと思われているだろう。

  私も少し前までそう思っていた。しかし、しかし、なんとなんと、パキスタンでは公務員、ポリス、医療関係者、教員などは強制的にワクチンを摂取させられるのだ。もし摂取しなければ解雇になるというので、みんなこぞってやってるらしい。そして年寄りだけでなく中年にも機会が与えられ、ボンボレットの兄弟家族はボンボレットの地元の病院ですでに接種したという。うちの村のサイフラーさん一家もヤシールと子供以外は全てアユーンとチトラールで接種している。

 だいたいが携帯電話で誰かに電話をかける際には必ず自動的に、「ワクチンを打ちましょう。今すぐに1166に電話し、あなたのID番号を伝えて予約を入れてください」とのメッセージが繰り返しリマインドされる。私はまだ受けていない。中国製のワクチンが多いし、まずカラーシャ谷ではコロナ感染は広がってないし、普段マスクを付けるように心がけているから、もう少し様子を見ようと思っている。いずれ一時帰国する時にはどうせ接種することになるだろうしね。

 

パソコンでネットできず、スマホは4Gに

 ここ2年ほど、ルンブール谷の自宅でパソコンでインターネット作業をする時は、パソコンにUSBデバイスを付けて、携帯電話の基地塔からの電波を受けてやっていたが、先月からUSBデバイスの月極め契約更新自体がストップし、インターネットができなくなった。町の携帯電話屋さんに聞いても、今は新しい契約はできない、もう少し待てばできるようになるだろうというだけで、いつになることやら。その代わり最近、谷の携帯電話の基地塔の電波が2Gから4Gになったので、時間帯によってスマホでビデオやYou Tubeが見れるようになった。ただしお金の払込みと同じ役割をするスクラッチカードをやたら注ぎ込まねばならないし、携帯電話の電波そのものが夕方前から朝まで切れることがよくあるので、注ぎ込むわりには使えてなく損している感があり不満が残る。

 

 

チトラール北西のカリマバード谷小旅行

 6月半ば、パキスタン初の国際レベルの女子サッカー選手として若者たちに人気のあるカリシマ・アリ女史とお父様が、彼女が係わっているハンディクラフトの用事でバラングル村のサイフラー・ゲストハウスに滞在していた際に、彼女から家に招待されて、急にその週末に2泊3日で訪ねることになった。同行したのはグリスタン、大学生のシャキール・カーン、彼らの母さん、私の護衛としてバシールの計5名。

 

 普段はイスラマバードでサッカーや勉学、そしてクラフトビジネスに励むカリシマの故郷は、チトラールの町からガラムチャシマ方面へ1時間ほど北に行ったショゴール村からさらに1時間ほど東に登って広く開けた谷(カリマバードと呼ばれる)の両側の高い山肌に点在する村々の一つにある。ルンブール谷の道路も危ない、怖いと言われるが、カリマバードの方は何しろ道路が谷川から数百メートルの上を走っているので、危険度はそんなものではない。しかし石と土を積み重ねて丁寧に造ってある道路は、ルンブール道路のように道端が崩れて放ったらかしにされていることもないので、あまり怖いとは思わなかった。

 

 カリマバードはいたるところにジープが通れる幅の道路が張り巡らされている。そのほとんどが自分たちだけで造ったときく。まず道路を見ただけで、そこに暮らす住民がいかに勤勉であるかがすぐに理解できた。それに比べてカラーシャ谷の道路は政府機関の道路修理人も数人いるが、仕事をしているのを見たことがない。道路決壊などがあれば、住民らは文句は言うだけ言いながらも外からの修理が入るのを待つだけで、自分たちでやろうとはしない。

 

 カリマバードの住民は皆、ムスリムの中でもかなり自由な考え方をするイスマイリ派で、教育水準はほとんど100%らしい。人々はとにかくよく働く。有名人のカリシマだし、彼女の両親は小学生から高校生が学ぶ学校を運営し、また教鞭もとってるので、さぞかし大きな家に住んでるだろうと思っていたが、周りの家々と同じようにこじんまりした造りの、しかし、必要な設備は全て整っている家だった。居間には40インチのテレビ、ソファーセット、壁際には離れの台所にも小型のテレビ、冷蔵庫、シリンダーのガス台と昔ながらの炉場があり、家族が輪になって座って食事ができる場所もある。山の高地の斜面なので、広く大きい家を立てようにも、平たい敷地を確保するのは不可能で、他の家もだいたいこんな感じだ。一番感心したのは、小さい部屋がいくつも工夫して造ってあって家族といえどもそれぞれのプライバシーが保てるようになっている。カラーシャのように主屋で食事を作り、食べ、家族全員が寝るとは違う。

 

 カリシマの両親は生徒150人が通う私立学校の校長・経営者ではあるが、家にはお手伝いさんもおらず、家事は家族みんなでやる(お婆ちゃまは引退のもようだけど)。お父様は調理もやるが、オーガニックのトマト畑も自分で世話をしている。周囲の空いてる土地、道路わきには毎年植林も行い、その世話もしてらっしゃる。

 

 村の男性に興味深い話を聞いた。この地域は以前カラーシャが住んでいたというのだ。ずいぶん下に降りた川辺には女性の出産・生理こもり小屋があったという。カリシマは彼女の曽祖父はアユーン(ボンボレット谷とルンブール谷に入る手前の麓の町)出身だと言っていた。イスマイリ派の彼女の曽祖父はスンニ派が大多数のアユーンでの差別に耐えられずから移住してきたのだと。前からいたというカラーシャが後にイスマイリに改宗したのかどうかは聞き忘れた。

 

 我々は土曜日にルンブール谷を乗合い車でチトラールへ、午後のカリマバード行きの乗合いのジープで彼女の家に着き、近所の親戚の家々を訪れて、翌日の日曜日はカリシマ一家も一緒にカリマバード谷をジープで上流にピクニックに行った。そこはそれまで見なかった広い牧草地があり、家畜がのんびり草を食んでいる。背景は雪を被った山々で、その端にはヒンドゥークーシュ山脈最高峰、妖精の女王が住むと言われる7,700メートルのティリチミール山がそびえている。この日はあいにくどんよりと雲がかかっていて見えなかったのが残念だったが、まさにツーリスト・スポットとして有名なFairy Meadows (妖精の園、行ったことはないが)のようで、ツーリストやホテルがない分だけ、静かで美しく雰囲気たっぷりだ。

 

 ジープを降りて放牧地をさらに上方に歩くと、サッカーをするのに絶好な草地があった。ここが、カリシマがカリマバードの娘たちを集めてサッカーの練習試合をする場所だという。あらためて、都会から遠く離れたいわば辺境の地で、カリシマはよくぞ、村々の娘たちだけでなく、その背後に君臨する「女がサッカーなんぞしてけしからん」と思うお年寄りや家族たちを説得して女子サッカーチームを結成したものだと敬服してしまう。

 

 ルンブールやボンボレットに比べるとはるかにスケールが大きいカリマバードだが、外部の人たちにはあまり知られていない。自然や山が好きな人にはぜひお勧めしたいところだ。カリシマのお父様が小さなゲストハウスを建てる計画があるというので、ルンブール谷を訪れた後にカリマバードに行くのもいいと思う。