オーバーツーリズム兆候/ Symptom of Over Tourism

 日本においてコロナ規制解禁後に、円安の理由も伴って海外からの旅行者が急激に増えて、地元住民の生活環境に悪影響を及ぼしているところもあるという話を聞いているが、カラーシャ谷でもそれは起こっている。

 8月22日ルンブールでは、冬のチョウモス、春のジョシに次ぐ、カラーシャ3番目の祭りであるウチャウが催される。これは乳製品を含む作物の実りを神に感謝し、畑の収穫を始める夏と秋の季節の境界線に行われる祭礼だ。ルンブール谷では男たちが高地の放牧場で作り貯めた山羊のチーズを背負って下りてくる。まず、谷で一番パワフルな神サジゴールにチーズを供え感謝の儀礼を行ってから、各家庭にチーズを持ち帰る。この日だけはみんな冠婚葬祭の時以外は滅多に口にできないたんまりのチーズを食する。嫁に行った親族の女たちにも平たいパンに挟んだチーズを配る。チーズの食事をしたら、春祭りと同じ場所、グロム村の踊り場に集まって長老たちの歌に合わせて夕方まで踊りを踊る。

 

 ルンブールではこの歌・踊りが昼間に、ボンボレットは夜間に開かれるので、ボンボレットからの若者、周辺のチトラール人、ペシャワールやイスラマバード 、ラホールから来たパキスタン人、そしてアジア、ヨーロッパからの外国人ツーリストも、まずはルンブールへとやって来る。この日は下流の集落バラデッシュから車が連なり渋滞状態。バラングル村の入り口の広場にはおよそ30台の車が駐車していた。

 

 普段はのんびり静かなうちの村も、この日はパキスタン人、外国人ツーリストたちが塀のないカラーシャ民家の屋根やベランダをでっかいカメラやスマホを手に歩き回る。ツーリストからしたら、独特の民族衣装を着たカラーシャの女性や少女たちは格好の被写体だから、むさぼるように何枚も連写で撮ったりしている。

 

 写真をやっていた私は30数年前にボンボレットに来たばかりの頃でもあまり写真を撮らなかった。まずは人々と仲良くなりたいと思い、ぶらぶら村を歩いてわからないながらも村の人とおしゃべりしたり、横笛を吹いたりして、私自身も村の人や子供に対してエンターテイメントしたりして時間をかけて仲良くなった。もちろんカラーシャは元来開放的なのですぐおしゃべりはできることはできるけど。私はポジフィルムを使っていたが、カラーシャ谷ではネガフィルムをカメラに入れて、撮った写真はペシャワールで現像して焼いた写真を被写体の本人に渡すよう心掛けていた。当時からカラーシャはツーリストから一方的に撮られるばかりで、自分の写真を持っている人は少なかったのだ。

 

 現在、私の小さなデジタルカメラ、キャノンのパワーショットのレンズの中央に深い傷ができたこともあり、あまり写真を撮らなくなった。祭りを含めたすべての光景が日常的になりドーパミンが出なくなったこともある。そういう私が長い望遠レンズのついたバカでかいカメラを抱えたツーリストを見たら、どうしても斜め目線になってしまうのは仕方ないよね。

 

 夕方になると、見物人、ツーリストたちはボンボレットに移動したので、ルンブールも平時に戻った。何にしても、地元の祭りに地元人以上の見物人やツーリストが押し寄せると、地元の人の中には彼らの接待に追われて、祭りに参加できない人もいて、何のための祭りか首を傾げてしまう。ルンブールにはホテルが少なく、そのほとんどがカラーシャの経営でまだよろしいが、ボンボレットではほとんどのホテルが商売のために入ってきたムスリムの経営で、走っている車やタクシーもムスリム所有が多くて、見世物になった割には利益がカラーシャに還元されていないのは昔から今も変わらない。せっかくの祭りも心から楽しめなくなってきている。