ルンブールに帰宅 /Back to Rumbur

Back to Chitral

  OSバージョンアップがめでたく完了して、1月2日の夜行バスに乗ることができた。高速道路に入って少ししたら、霧なのかモヤなのかスモッグなのかわからないが漂い出し、それがだんだん濃くなり、目の前の車も見えなくなった。私のバスもノロノロ運転になるが、いつぶつかるかも知れないとヒヤヒヤさせられた。

 カラチカンパニー発チトラール行きのバスは夜8時発だが、これがスワット・モーターウエイができてから妙にスイスイ走り(今回はモヤで一部ノロノロだったが)、チトラールには翌朝というかまだ朝にならない前の5時過ぎに到着するので大変に困る。真っ暗けの中、バスターミナルに着いても、待合室は開けてくれても寒い中3~4時間も行きつけの食堂が開くのを待つのはごめんだ。

 

 うまい具合に最近カラーシャ兄弟の息子夫婦たちが、仕事と子供たちの関係でチトラールの手前に部屋を借りたので、そこで降ろしてもらい、迎えに来た末甥に荷物を持ってもらって、甥ムサシ家族のもとへ。チャクダラの韓国の会社で仕事をしているムサシはいないが、チトラールの事務所に勤める嫁さんや子供たち、彼女の妹、ムサシの末弟、ムサシの次弟の娘たちが現在住んでいる。嫁さんが毛布を暖かくして寝床を用意していてくれた。

 3時間ほど布団の中にいて8時半ごろになったので布団から出て、ストーブのあるリビングへ。チトラールでは薪を一抱え800ルピーで買わねばならないので、カラーシャ谷のようにバンバン薪をくべることはしない。部屋が暖まるのに時間がかかる。

 厚いチャパティ、玉ねぎとトマトのオムレツ、昨夜の豆煮、ミルクティーの朝食ができる頃に、カラーシャ兄弟ヌシャヒディンが三男ヤマトと嫁さん、赤ん坊を連れてボンボレット谷からやって来た。何でも赤ん坊の具合がなかなか良くならないのでペシャワールの医者に診てもらうとのこと。赤ん坊は見たところそんなに悪くは見えなかったが、早く良くなることを願う。そういうことで、朝食はカラーシャの家族と大勢でワイワイといただくことになった。

 

 

キラン図書室/Kiran Library

 キラン図書室は私が村を出た12月25日から再開されていた。始めは来る生徒も少なかったが、だんだん増えて50人以上になることもあるそうだ。冬休みで里帰りしているチトラールのカレッジの講師たちや学生たちもやって来てボランティア授業をしてくれているのには感謝。